ビデオソフト・パッケージ分野におけるアニメビジネスモデルの過去と現在、そして今後の行方

①アニメビジネスは本当に下り坂なのか

「アニメは日本の文化」「ジャパニメーション」といわれ、持て囃されている昨今、その影では内情は悲惨なものである、といわれる。
主に制作現場では労働状況の過酷さ、賃金の安さなどが挙げられているが、近年はそれ以前に産業としてもぐらつき始めているといわれて久しい。
何が悲惨かと言えば枚挙にいとまがないので、そう言われる一つの証左、産業としての側面を取り上げる。

まず、アニメビデオソフトの売り上げは、2005年がピークとなっている。
それ以前もアニメビデオソフト、いわゆるアニメのパッケージ産業というものは上り調子だった訳であるが、翌年の2006年を境にゆるやかな下降に転じていく。
これが一般的にアニメーション産業の不況というイメージを体現した大きな要因であると言ってよい。

アニメのバブルが弾けた、ソフトが売れなくなったと騒がれるようになったのは丁度この頃(2006年あたりから)である。
とはいえこの年あたりからであるが、アニメ自体も分かるとおり、世間的な注目度が増しているし、いわゆる熱心なアニメファンである「オタク」が世間的に認められ、厚遇されるようになった流れもある。
元々アニメーションの産業というものは、DVD/BDといった映像ソフトの売り上げを見込んで制作費を回収、リクープするという流れが大きな比率を占めており、それ故に再視聴に耐え得る、高いクオリティーの作品を残していこうといった気風もここ数年顕著だった。
ただし、それはユーザーが景気よく映像ソフトにお金を払うことに起因しており、そこがアニメの制作費回収の肝でもあったのだ。現在においてもそれは大きくは変わらない。


②「アニメを買う」という行為とは何か

元々既にテレビ放映されて、各家庭にビデオデッキやDVDレコーダーなども充分に普及している現代の日本において、新たにパッケージ商品として1本数千円、全巻セットともなれば数万円単位はくだらないシリーズのDVD/BDを購入するという行為は通常では理解しがたいかもしれない。
そもそもアニメのビデオソフトというものは、他の映像ジャンルである、ドラマ、洋画などと比べて格段に高い値段に設定されている。
例を挙げるならシリーズ1話あたり30分で全12話の「魔法少女まどか☆マギカ 」のDVDが1巻につき定価6480円となり、全巻購入すれば38880円となるところ、1話あたり基本60分で全10話収録のTVドラマ「半沢直樹」は全話収録のDVDBOXが24634円である。
しかし我が国ではアニメ作品がヒット作ともなればそのソフトが数万、数十万本単位で飛ぶように売れるのである。近年のヒット作では「ヱヴァンゲリオン新劇場版:破」はDVD売り上げ33万枚、BD売り上げ46万枚という驚異的な売り上げを叩き出した。
それは主にマニア的性質による一部のユーザーの所有欲を満たすという理由での購入動機が起因していると考えてよい。なぜなら一般的な感覚では既に一度見て、ましてや手元に残している作品を新たに商品として買い足そうとは思わないからだ。
だが、近年その行為自体に陰りが見えていると考えられる。要するにソフトが売れなくなるということはそのようなマニア的感覚を持ったユーザー達が少なくなっていると考えてしかるべきだからだ。

さらにそれらの現状にひどく悲観的になっているのが昨今のアニメ業界とも言ってよい。ごく一部の消費者にピンポイントに照準を絞って高額なソフトを買わせるという商売を今も続けているわけだからである。
「そもそも広く一般的にそれらビデオソフトを売るような手法に切り替えて、制作費をリクープしたり利潤を追求する方向性に切り替えないのか?」アニメに詳しくない方々はそう思うかもしれないが、
日本のアニメでそのようなマーケティングはそもそもあり得ないのである。我が国が誇る世界的に著名なアニメ監督である宮崎駿率いるスタジオジブリ作品など、ごく一部を除けば、
そもそもジャパニメーションと謳われる日本のアニメにはある種マニアックなテイストというものは欠かせなく、性的や暴力的な表現がまったく存在しないクリーンな作品群というものがマニアに広くポピュラリティを求めることは難しく、そもそも似つかわしくない。
だからこそマーケティングとしても、あらゆる点でやや偏った手法がとられ、それを疑問視する見方が少ないのも当然なのだ。これらの言説はあくまでアニメファンにおいての普遍性として通用しているし、現状維持されこれからも引き継がれていくだろう。


③時代性に伴う、アニメを見る、買うという行為、これからの未来

現在もまことしやかに言われてはいるのだが、単純にDVD/BDが売れないからアニメの制作資金が回収できていないという側面は、決して間違いではない。
ではあるが、ここ数年は既に現物としてのソフトの売り上げが全てではなくなっている、逆に言えばソフト単体での回収が不可能になったことで、新たな販売手法、回収手法を試行錯誤している時期に突入したといえる。
こうした新たな販売手法としてまず大きいのはデータのみの販売である。それまで物理的に存在しうる映像商品として販売されてきたアニメ作品のビデオ・DVD・BDなどが映像データとして、価格を比較的に安価に設定することで薄利多売できるという手法である。
そこで近年目覚ましいものがネット配信だ。読者もご存知の通り現在のインターネット環境において、映像作品を見る方法、ハードルというものは非常に低くなっている。youtubeニコニコ動画といった動画サイトの利用による利便性やネット回線の強化によるデータ受信量の莫大な増加がそれを可能にしているからだ。
とはいえテレビで一度放映されている番組なり、劇場で公開された映画なりといったいわゆる著作権が存在しうる映像に関して、近年はそういった無料動画サイトでも取締りの様相が激しくなっている。要するに無料では見れなくなってきている。
そういった流れの中で出るべくして出現したのが有料の動画配信ということになる。例としては「dアニメストア」「バンダイチャンネル」「東映チャンネル」といったものだ。
この有料配信、既に完結している旧作の作品はもちろんだが、リアルタイムでテレビで放映中の最新のアニメ作品のリクープにも大きく貢献していると思われる。
DVD/BDといった高額なパッケージ商品と違い、購買層のレンジの拡大と敷居の低さ、経済的余裕があまりない若いアニメ視聴者へのアピールにも繋がっていると思われ、見事に経済的価値を見事に生み出している。アニメーション産業の新しい潮流の一つだ。

一方でビデオソフトそのものの売り上げを維持する為の試みもいくつかなされている。一つには近年主流となりつつある、特典商法というものが挙げられる。
こちらは要するにこれまでと同じ映像ソフトを店頭で販売するのは変わらないが、映像と共に以前は考えられなかった付加価値の高い特典をつけるというもの。本編以上にこちらの目当てでソフトを購入してしまう消費者は非常に少なくない。
例えるなら子供がおかしのおまけが欲しくて、そのおかしを食べたくなくてもおまけ目的で商品を買ってしまう、そういったアニメファンの物欲を巧妙に利用したものだと考えてもらえばいいだろう。
特典の傾向として挙げればキリがないのだが、要するに完全にアニメファンを対象にした特典が付けられるのが主である。
ここ数年で目を引くのはイベントの鑑賞チケットや、予約チケットなどといったものが多く出始めている。こういった類のイベントは殆どの場合、その作品に出演した声優がメインのそれとなっており、昨今の声優人気にあやかったものと推察される。
最近では「ラブライブ!」の2期がそれに該当するだろう。この作品はBD第1巻がアニメBD/DVDウィークリーで発売初週の売り上げ枚数8.2万枚を記録したが、特典としてキャスト声優の出演する「μ’s NEXT LIVE at さいたまスーパーアリーナ」のチケット最速先行販売申込券を封入しており、ソフト単体の売り上げに大いに貢献している。
これらの特典商法は現在、アニメのパッケージ収益における需要と供給の関係において、ほとんど釣り合いのとれたものとなっている。単純にソフト単体では売れないし、それだけでは魅力がないということが暗に露になってしまっているということだ。(無論、純粋に作品だけで勝負できるヒット作も多からず存在する)

さらに、売り出す作品として、作品におけるジャンル・傾向自体も変化が起き始めている。例えばハイターゲットなアニメ作品というものである。近年では「機動戦士ガンダムUC」「宇宙戦艦ヤマト2199」といった、
第一次アニメブームのファン達に主に照準を絞ったハードな作品群が安定した人気を保ってきているのだ。無論、それらの作品では視聴者およびソフトや関連グッズの購買層は圧倒的に4〜50代の男性が多い。
彼らは他の世代のアニメファンと比べ経済的な余裕もあり、何より作品に対して真摯であり裏切らない。送り手側もそれをはっきり意識した上でビジネスを展開している。
単純に素直にお金を落とすという意味で、純粋さを汲んで商売に転化していく。分かりやすい構図がそこにある。

もう一つ挙げておきたいのは女性向け作品の増加である。これは厳密に言えば近年勢いのある乙女ゲームのアニメ化作品や、ボーイズラブ系のコミック、ゲームなどのアニメ化作品に限定される。
少年漫画のアニメ化作品などに一定層の女性ファンが存在するのは古くから知られるが、こちらは完全に女性をターゲットに据えた作品群であり、登場するキャラクターは美男子ばかり。その点で企画意図もはっきりしている。
このような傾向の作品の場合、特に出演声優の人気というものは著しく、前述したイベント参加権、予約申し込み券などを映像ソフトの特典として販売することによって、多くの売り上げを伸ばしているとも思われる。(具体的な作品名は「うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVE1000%」「Free!」など)
そしてこういった作品の余波を受け、女性のアニメファンが近年飛躍的に増加していることも触れておかねばならないだろう。一昔前はアニメファンというものは、圧倒的に男性がその比を占めていたものだった。
特に商売客として商品にお金を投じるユーザーに限定すれば、アニメソフトを購入する主な動機である「所有欲」を満たすという行為に素直な方々という見方が一般的であったのだ。
女性に限定して見れば、若い世代であればあるほどアニメに対する接触率が高く、いわゆる女性アニメファンの増加、ひいては今後新たに若い女性アニメファンが生み出されるという推測も出来るだろう。
彼女達が新しい価値観を持った若い世代のアニメファンとして、これからのアニメ産業を支える力強いユーザーとなってくれるだろうことも大いに期待できそうだ。


④アニメビジネスは決してなくならない

これまで述べてきたように、ただ単にアニメのパッケージ商法といっても近年はより考えられた手法を講じることでリクープを考慮し極めて特殊なビジネスと化している。
一向にアニメーション産業はこのままでいいのかという見方はあるものの、近年の悲観視する見方は一側面的なものでしかないということに我々は気づかされなければならない。
アニメ産業というのはもはや多極的なビジネスと化している極めて複雑なビジネスである。
しかし、そういった中でこれだけは変わらないのは、日本のアニメ産業というものはいつの時代も一部のマニア層が金を出し、支えているということであろう。
歴史上、一生涯アニメファンというものは、まだこの日本には存在しないのだが、今後は老人となったアニメファンも引き続きアニメ産業に金を投じることになるだろうし、彼らを対象にした作品群も生み出されることになるだろう。
「老後の楽しみにアニメを見る」というアニメファンの間でなされてきた一種のジョークが、もはや近い将来現実になりつつあるし、そういった兆候を産業はビジネスとして見過ごすはずがないのである。そしてだからこそ予期せぬ未来を好意的に解釈することができる。
全く予想だにしない新たなアニメビジネスモデルが次々と繰り出されるのは容易に想像できるし、発展性の見込みがある。だからこそ夢見がちなくらいで丁度良いと筆者は考えるのである。